最高裁判所第二小法廷 平成元年(オ)1062号 判決 1993年1月25日
上告人
高木貞証券株式会社破産管財人
彦惣弘
右訴訟代理人弁護士
山名隆男
右補助参加人
中西健二
同
川畑寿三男
同
高山一秀
同
松本頼子
同
植山博
右五名訴訟代理人弁護士
村井豊明
村山晃
荒川英幸
牛久保秀樹
被上告人
京都ステーションセンター株式会社
右代表者代表取締役
市川靜夫
右訴訟代理人弁護士
米原克彦
碩省三
植村公彦
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告補助参加人代理人村井豊明、同村山晃、同荒川英幸、同牛久保秀樹の上告理由について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実及び原審が適法に確定したその余の事実関係によれば、(1) 破産者は、昭和四三年四月一日免許を受けた証券会社であるが、昭和五七年七月一二日京都地方裁判所において破産を宣告され、上告人が破産管財人に選任された、(2) 被上告人は、昭和五五年四月一日、破産者との間で、破産者から国債を買い付けて破産者にこれを売り戻す旨の現先取引契約を締結し、買付代金を五億二六二〇万円、売戻代金を五億三九八四万四八〇〇円、売戻日を同年六月三〇日とするが(利回り年約一〇パーセント)、右売戻日前でも破産者の資金が出来次第売戻しをする旨を約定して、破産者が売戻代金支払債務を負担した、(3) 大蔵省近畿財務局による一般検査と特別検査の結果、破産者が同年三月三一日の時点で少なくとも九億六九〇〇万円の債務超過の状態にあることが判明したが、社団法人日本証券業協会と京都証券取引所(以下「協会」、「取引所」又は両者を「本件各貸主」という。)は、同月中旬、破産者と取引のある善良な投資者を保護し、証券業界の信用維持のため、破産者に対して融資を実施することを決定し、破産者の債務超過額を考慮してその融資額を各五億円計一〇億円とすることにした、(4) 協会は、同年四月一〇日、破産者及び大阪証券金融株式会社(以下「大阪証券金融」という。)との間で、(3)の融資に関する基本契約を締結し、総融資額の限度を五億円、利息を年五パーセント、弁済期を同年一〇月九日とする、破産者は投資者の保護のため必要な場合に限り融資を受けることができ融資金を右の目的に限り使用する、この契約に定めるところは協会と破産者間のすべての個別の融資取引に適用する、協会は破産者に対する個別融資の出納管理事務を大阪証券金融に委任する旨を約定した、(5) 取引所も、同年四月一一日、破産者及び大阪証券金融との間で、(3)の融資に関する基本契約を締結し、(4)と同旨の約定をした、(6) 破産者は、同月一二日、本件各貸主から、借入金を被上告人に対する前記の債務の弁済に充てることを約し、右基本契約で定めた条件の下に、各二億五〇〇〇万円計五億円を借り入れ、右借入金五億円に自己資金一〇四〇万円を加えた五億一〇四〇万円で被上告人に対する右債務を弁済した、(7) 右借入金五億円による弁済(以下「本件弁済」という。)は、破産者と被上告人の各代表取締役及び本件各貸主から委任を受けた大阪証券金融の社員が大和銀行京都支店に集合した上、破産者の代表取締役が大阪証券金融の社員から交付を受けた額面五億円の小切手をその場で直ちに同支店における被上告人の普通預金口座に振り込んだものであって、破産者が右小切手を他の使途に流用したり、他の債権者が差押えその他の方法により右小切手から弁済を受けることは、全く不可能な状況にあった、(8) 本件各貸主は、破産者が借入金を被上告人に対する右債務の弁済に充てることを約さなければ、右貸付けをしなかった、(9) 破産者の本件各貸主に対する借入債務は、被上告人に対する右債務より利息などその態様において重くなかった、というのである。
以上の事実関係によれば、本件においては、本件各貸主からの借入前と本件弁済後とでは、破産者の積極財産の減少も消極財産の増加も生じていないことになる。そして、破産者が、借入れの際、本件各貸主との間で借入金を被上告人に対する特定の債務の弁済に充てることを約定し、この約定をしなければ借入れができなかったものである上、本件各貸主と被上告人の立会いの下に借入後その場で直ちに借入金による弁済をしており、右約定に違反して借入金を他の使途に流用したり、借入金が他の債権者に差し押さえられるなどして右約定を履行できなくなる可能性も全くなかったというのであるから、このような借入金は、借入当時から特定の債務の弁済に充てることが確実に予定され、それ以外の使途に用いるのであれば借り入れることができなかったものであって、破産債権者の共同担保となるのであれば破産者に帰属し得なかったはずの財産であるというべきである。そうすると、破産者がこのような借入金により弁済の予定された特定の債務を弁済しても、破産債権者の共同担保を減損するものではなく、破産債権者を害するものではないと解すべきであり、右弁済は、破産法七二条一号による否認の対象とならないというべきである。したがって、本件弁済が同号による否認の対象とならないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官藤島昭 裁判官中島敏次郎 裁判官木崎良平 裁判官大西勝也)
上告補助参加人代理人村井豊明、同村山晃、同荒川英幸、同牛久保秀樹の上告理由
第一点 原判決には、次のとおり判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。
一、原判決は、第三者からの借入金による弁済も否認の対象となるかどうかについて、一般論としては、「一般に破産者が第三者から弁済資金を借り入れた場合には、右借入金は、破産者の財産として債権者の一般担保となることはいうまでもないから、これをもって特定の債権者へ弁済した場合に、全体としてみたとき破産者の積極及び消極財産は従前と数量的にみて変動がないこと等の故をもって、右借入金による弁済が他の債権者を害さないと安易に解すべきでない。」と判示しながら、特段の事情があれば否認の対象とならない場合があるという考え方を前提にして「本件特別融資は、破産会社が原審被告に対する弁済の用に供するのでなければ貸し付けられなかったものであることからすると、債権者の一般担保となり得る余地のない融資金であったというほかないばかりか本件特別融資金の貸付、右融資金による返済の実行態様、破産会社に対する特別融資が善良な投資者保護と証券業界の信用の維持向上のための政策に則って日本証券業協会及び京都証券取引所の主導の下に実施されたものであって、本件特別融資はその一環としてなされたものであり、これにつき原審被告が返済を迫る等積極的な行動をしたことを窺わせる証拠がないこと、本件特別融資の利息等の条件は第二回五億円現先取引に比し緩やかであること等の諸事情に徴すると、本件特別融資金五億円による弁済は破産債権者を害する行為に当たらない特段の事由がある場合に当たると解するのが相当であ」ると判示する。
二、しかしながら、原判決の右判示は、破産法第七二条一号の解釈適用を誤っており、かつ、定着した判例に反するものである。
まず第一に、法形式からみると、要するに他より借り入れた資金でも、一旦債務者の責任財産にはいればそれにより弁済することは、自己資金による弁済と何ら差異はない。従って、第三者からの借入による弁済に特段の事由を認めて否認の対象外とすることは許されないのである。
債務者の財産が破綻状態に陥っており、全額の弁済をうけられない債権者からみると、なぜ特段の事由があれば特定の債権者のみが弁済をうけるのか全く説明のつかないことである。そのことの放置は債務整理全体の公平性を破壊することとなり、否認権制度を認めた破産法の精神に著しく反することになる。
第二に、実質的に考えてももし、第三者からの借入れによる弁済に特段の事由があれば、これを否認権の対象外とするならば、そのことを仮装した悪用が許容されるということになることである。すなわち、強行な特定の債権者が、破産会社に第三者からの借入れを強要し、即、それを自己の弁済に当てさせることが可能になってしまうのである。そして、破産状態に陥っている会社にとって、借入しうる可能性というものも一個の経済力というべきものであるが、その経済力こそ、債権者全体に平等に行使されなければならないのである。もし、どうしても、第三者が、直接、その債権者に弁済しなければならない実情があるとすると、その時こそ第三者弁済を行えばよいことである。
このように実質的に考えてみても、第三者からの借入れによる弁済に特段の事由があれば否認の対象外とする考え方は、弊害が大きく、否認権制度を骨抜きにしてしまうものである
第三に、第三者からの借入れによる弁済は否認の対象となり、特段の事由による例外を認めてこなかったのが、これまでの定着した判例である。すなわち、判例は、「破産者が為したる弁済が固有の資金を以てなされたると他より融通せられたる資金を以て為されたるとを問わざるものとす」(大判昭一〇・九・三民集一四巻一四一二頁)とし、同旨の判例がその后もあいついでいる(大判昭一五・五・一五新聞四五八〇号一二頁、横浜地判昭三八・一二・二五金融三六五号七頁、大阪高判昭三七・五・二八判時三一一号一七頁、大阪高判昭六一・二・二〇判時一二〇五号五五頁)。
特に、大阪高判昭六一・二・二〇は、本件と同じように、現象的には、他からの借入金がそのまま即特定の債権者への弁済に使われたという事案であって、その点で本件と事案は酷似しているのである。
右大阪高裁判決は、「破産手続が破産債権者間の平等公平な弁済を目的とする点から考えると、本件におけるように支払停止がなされた以後の時点において特定債権者のみが満足を得ることは債権者の平等を害することは明らか」とした上で、「借入金を特定の債務の弁済にあてることにつき当該債権者、破産者、貸主間に合意があり、しかも新規の借入債務が従前の債務よりその態様において重くないという事情がある場合においても、その弁済は不当性を有するものとして否認すべきものと解するのが相当である。」と判示して、従来の判例の立場を更に明確にした上で、第三者からの借入れによる弁済に例外を認める考え方を疑問の余地なく否定したのである。
以上のようにして、原判決は、破産法第七二条一号の解釈適用を誤った結果、第三者からの借入れによる弁済について、特段の事由があれば例外的に否認の対象外としたものである。しかし、このような例外は認められず、日本証券業協会と京都証券取引所からの借入れによる金五億円の被上告人への弁済も否認権の行使が認められるべきである。従って、原判決の右法令違背(破産法七二条一号の解釈適用の誤り)は判決に影響を及ぼすことが明らかである。
第二点 原判決には、次のとおり著しく事実認定を誤った結果、理由不備の違法がある。
一、原判決は、「本件特別融資は、破産会社が原審被告に対する弁済の用に供するのでなければ貸し付けられなかったものであることからすると、債権者の一般担保となりうる余地のない融資金であった」と事実認定をし、これを主たる理由(他の理由は付け足し的な理由で、およそ特段の事由に当たらない)にして、「本件特別融資金五億円による弁済は破産債権者を害する行為に当たらない特段の事由がある場合に当たる」と判示する。
二、しかしながら、原判決の右判示は著しく事実認定を誤っており、その結果、原判決には理由不備の違法がある。
まず、第一に、日本証券業協会と京都証券取引所は、特別融資契約書ならびに特別融資実施要領に基づいて、破産会社に対し金五億円を融資したものであるが、右両者は、破産会社が右契約書ならびに実施要領の各条項、各規定に則って、特別融資借入申込書の提出をし、借入の申込みをしたならば、その返済先が被上告人でなくとも、融資をしたのである。すなわち、返済先を特定するのは破産会社であって、融資する側としては、破産会社が融資金をもって特定の返済先に返済するものであるとの信頼の上に立って融資をしたものである。
第二に、そもそも特別融資契約書ならびに特別融資実施要領のどこをみても、被上告人への特定した貸付とはなっていないのである。まして特別融資の目的は、「協会員に対する特別融資に関する規則」第一条「目的」が「協会員が天災その他不測の事態…により、経営が困難となりもしくはそのおそれのある場合、当該協会員に対し」と規定するように、特別の事情下における協会員(証券会社)の互助を目的としたものであり、融資する側が返済先を特定するなどという用件は、全く存在しないといわなければならない。
第三に、本件において、融資事務を行った大阪証券金融、債権者である被上告人、債務者である破産会社の三者が集まり、融資金としての小切手の授受と返済のための預金口座への振込みを行ったのは、融資金・返済金が金五億円の巨額であるので、事故を防止し、スムーズに融資金の授受と返済手続を行うためである。現に、その後、他の債権者への返済とそのための融資金の授受は右とは違った方法がとられているのである。
従って、原判決は、遇々、右三者が集まって融資金の授受と返済手続が行われたという現象に目を奪われ、その結果、融資金の性質についての認定を誤ったものである。
以上のように、原判決は特別融資金に関する事実認定を著しく誤っている。本件特別融資は弁済先が特定しておらず、債権者の一般担保となり得る融資金であったのであるから、たとえ原判決のように特段の事由があれば否認権行使の対象外となる例外を認める考え方を措ったとしても本件特別融資金による弁済は、特段の事由がある場合には当たらないのである。
従って、原判決には理由不備の違法がある。